
SPECIAL INTERVIEW 今月の喜多宝人〜会員企業紹介〜 (平成20年3月号)
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私が生まれ育ったのは神奈川県川崎市です。今56歳ですが、少年時代は丁度、昭和30年代後半で東京オリンピックが開催され新幹線や首都高速道路で象徴されるような建設ラッシュ、高度経済成長期でした。東京タワーも建設中で映画「ALWAYS 三丁目の夕日」を観ましたが当時のことを思い出し、とても懐かしく感じました。私の少年時代は大正生まれの方々が中心の世代で父もサラリーマンでしたがエコノミックアニマルなどと称され仕事に邁進していました。私自身はその様な中、団塊の世代と呼ばれる方々より少し後に生まれ育ってきたわけです。
日本の経済成長も目覚しい時代でしたが1ドル360円の単一為替レートでまだまだ海外旅行はあこがれでした。一生に一回、海外旅行に行ければよいと思われていました。JALの海外旅行パックができたのも、そのころと記憶しています。私も一度は海外に行きたいと感じつつ学生時代を過ごしており、仕事で海外にいけたら夢見たいと考えていたところ、卒業の年に海外進出するホテル企業の話を聞き入社した次第です。
ホテル業界の知識も仕事内容も全然分からない状態で海外に行けるかも知れないとの想いでした。運よく最初の勤務地はオランダのアムステルダムとなり、上司や先輩から与えられた仕事を確実にこなしていくことに毎日専念し、休日には勉強のために他のホテルに食事に行ったりしておりました。 アムステルダムのホテルは国際色豊かなホテルで、従業員は23ヶ国の出身でした。民族や宗教・習慣の違いに驚かされたことを記憶しています。しかし、そのホテルで働いている従業員は民族や宗教・習慣などの違いを、お互いに尊重し合い、また、各々自分の考え方は確り持ち、しかし、感情的にならず常に協調性がありました。彼らは仕事に関しては真剣に議論しますが、仕事を離れるとフレンドリーで話し好きのため一緒に食事に行ったりしたことが思い出されます。
その後、日本にもどり東京都中央区のホテルでレストランやバー、宴会の責任者として勤務をしておりましたが、ロイヤルパークホテルが仙台にも進出することになり、平成5年に開業準備室が仙台に開設されたのを受け平成6年2月に仙台へ転勤となりました。ホテル建設の確認・ソフトの開発、従業員の導線、インテリア・内装等々、開業に向けて忙しい日々を過ごしておりました。平成7年4月が開業と決まっておりましたので、1年前の平成6年4月からの予約開始、特に婚礼などのお客様との打ち合わせは土曜日・日曜日でしたので、半年間は休みなく働いたことが思い出としてあります。開業して軌道に乗ることを見届け、一旦東京にもどりましたが平成13年6月から仙台に転勤となり現在に至っています。
当ホテルはロイヤル・ホスピタリティをお客様に提供することを目的に運営しております。一般的にはホテルは「NO」と言わないサービスをお客様へ提供すると言われますが、場合によっては「NO」と言わなければならないケースもあります。ただ単に「NO」と言うのではなく、お客様の要望にかなった代替提案ができる、顧客満足ができるサービスを提供していかなければと感じています。
今まではホテル従業員は個人依存型で一人一人の自主性とやる気に任せていた面が強くあります。ホテルとして、どの様なサービスや商品をお客様へ提供していくか教育面・環境面・福利厚生面から会社として確りしていなければ安定したお客様への満足いくサービスは提供できないと考えております。内容に関しても有形・無形のサービスを問わず従業員が担当している現場から情報を取り入れ、分析・検討・改善し、よりよいサービス・商品提供をしていきたいと考えています。
顧客満足と同じぐらい大切なのは従業員満足度だと考えております。従業員がより満足して働ける職場作りこそが、お客様への満足を高めることと思います。
当ホテルでは平成17年から従業員の誕生日のお祝いをしたり表彰制度を設けたり、月1回、数値化した資料を配布し、お客様の声を発表したり、また、年度始めにはホテルの年間予算も公開し年間目標など社内情報を全従業員に共有化し理解やイメージしたうえで仕事に取り組んでいます。
平成20年はホテル組織として、どの様な人材育成をしていったら良いか、従業員教育の専門部門を立ち上げ取り組むこととしています。今まではホテル部門の仕事をしながら兼務で従業員教育をしておりましたが中々難しい現状でしたので従業員教育を専門的に取り組んでいきたいと思っています。
また、私は毎年全従業員と面接もしておりますが面接により3年先・5年先の目標を聞いてみますと、比較的多くの従業員は目先の仕事をマスターすることを考えているようです。中・長期的な仕事や人生の目標を当ホテルの仕事を通じ持てるよう取り組んでいきたいと感じています。
私の仕事は理想に近かづけるよう考えること、現実と理想のギャップをいかに埋めていくかが私自身に課せられた仕事であり、このことに関しては終わりなきことと肝に命じております。