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SPECIAL INTERVIEW 今月の喜多宝人〜会員企業紹介〜 (平成20年5月号)

次代の人材育成が私の役目

浦山 孟吉 さん
浦山建設 株式会社
代表取締役 浦山 孟吉 さん

〒981-0954 仙台市青葉区川平2丁目28-30
TEL 022-278-2612


■ 何も考えずに大工の道へ

私は大崎市(旧古川市)の出身で六人兄弟の3男として育ちました。小中学校の時は本当に目立たない、人前で話しをするようなタイプではありませんでした。現在、技能検定委員を30年以上務めておりますが、ある日宮城県職業能力開発協会の職員の方から『浦山さんはどうして大工さんになったのですか?』と聞かれ、とっさに『貧しかったから』と話しました。聞かれた方は一瞬戸惑っておりましたが、自分の本当の気持ちが言葉として出たと思いました。
私は6歳の時に父が他界し殆ど父の記憶のない中で育ちました。そのため経済的に大変厳しい状況でした。集団就職の時代でもありましたので、進学もあきらめざるを得ない状況でした。自分のしたい仕事は何かを考える余裕もなく卒業して直ぐに自宅の近所で大工の親方をしていた師匠に弟子入りしました。当時の建設大工の業界は見習期間5年間、お礼奉公1年間、6年間の修行の後、一人前として仕事ができることから、一人前になることだけを考えて修行をしました。

■ 同級生のお陰で修学旅行、仲間のカンパで技能五輪国際大会へ

中学時代に忘れられない想い出があります。中学3年生になると修学旅行がありますが、私は家庭の事情により参加することが出来ないことを先生に伝えておりました。そうしたら同級生が密かに苗木を仕入れ販売し、一部のお金をカンパして頂き修学旅行に行かせていただいたことです。人の優しさ、思いやり同級生と出会ったことへの感謝の気持ちを心の底から感じた瞬間で、一生忘れることができません。
私は自分の技術の向上のため見習いに入って4年目に技能五輪地方大会の建築大工部門に参加しました。見習い4年目の時、地方大会で優勝し技能五輪全国大会でも優勝し技能五輪国際大会の日本代表なってしまいました。その年の技能五輪国際大会はオランダで開催され各部門の優勝者20名の代表が日本から参加する予定でしたが、費用の半分が個人負担とのことから私は経済的な理由で辞退を申し出たことを今でも覚えております。
その時も業界の仲間が私を技能五輪国際大会に参加させてやろうとカンパしていただき参加費用を用意しました。私自身誰から、どれだけの方々からお世話戴いたか解からない状態で未だにきており、一人一人にお会いしてお礼を述べたい気持ちで一杯です。
多くの方々の支援に支えられ、国の代表としてオランダで開催される技能五輪国際大会に参加したわけですから、プレッシャーは図りしれないものでした。オリンピックに参加する選手の気持ちは本当にわかります。幸運にも技能五輪国際大会建築大工の部でも優勝することができ、嬉しい気持ちよりもホットしたことを思い出します。その時一緒に行った仲間とは毎年開催される技能五輪全国大会・国際大会など通じ今も交流をさせていただいております。

■ 仕事をしながら高校に入学

見習いになってから丁度4年10ヶ月目で親方から身上りの杯をいただきました。国際大会に参加する前に一人前になったからとして認められたものの、まだまだ一職人として仕事していくことに不安がありました。私が兄と慕っていた先輩からも『技能五輪国際大会で優勝したことは自分から人に言うことではないよ』とのアドバイスをいただき、自分の仕事への知識をもっと高めたいとの考えから仙台の定時制工業高校に入学しました。古川から仕事を終えバイクで通学していたため帰りは毎日夜の9時過ぎ睡魔に襲われ、何回か事故に遭いそうになり22歳の時に仙台に住む決意をしました。高校では7歳年下の同級生と一緒に勉強し、その時出会った同級生とは今も交流をしております。
仙台に来てから住宅建設会社に勤め、昭和60年に40歳で現在の会社を設立いたしました。一般的には遅い独立した動機は会社での仕事もある程度終え、建築大工一筋で生きてきたので41歳での一般的には遅い独立でした。独立した時もこれまでお世話になった先生から『新築をお願いするよ、君に任せるから』と第1号の受注をしていただきました。本当に嬉しいと同時に、責任の重さを痛感しました。

■ お客様からの感謝の言葉が・・・

私どもの仕事は一般注文住宅の建築を行っておりますので、お客様にとって一生に一度の高額な買い物です。仕事は常に緊張の連続です。仕事をしていて楽しいと感じる事は本当に少ないですね。お客様と話し住宅プランを考えているときが一番楽しいときです。お客様の夢を形にしていける時ですから、それ以外はどちらかと言うと大変な部分が多いと感じます。しかし、建物が完成しご注文を頂いた、お客様の笑顔を見た瞬間、お客様から感謝の言葉を言われた瞬間に苦労したことが全て吹き飛んでしまいます。また、以前注文をいただいたお客様から再度リフォームをお願いされたり、親子二代にわたり注文を頂いたりすると、本当にこの仕事をしていて良かったと感じます。

■ 人生の父親が二人

今は他界されましたが、人生の父親代わりと慕った方が二人おりました。公私にわたり親身に相談を聞いてアドバイスをいただき大変感謝しております。その方々が亡くなった時に初めて知ったのですが、ご家族の方に本当に私が考えていた以上に、私のことを『自分の息子』の様に語っていたそうです。その時は本当に胸が一杯になり言葉にもなりませんでした。私は幼い時に父を亡くしましたが、その代わりに二人もの父親と出会うことができたのですから感謝の気持ちで一杯です。法人会に入会した切掛けも清水屋本店の大場常男さん(元副会長)からのお誘いでした。同郷との縁から大変お世話になり、多くの事を教えていただきました。
父親を亡くし、母や家族に苦労をかけないように一人前になることは確かに大変な事です。『なんで貧しい境遇に生まれたのかと』悔やんだ若い時期もございました。しかし、多くの方々との良い出会いに助けられ今の自分があると心から感謝しております。

■ 精神的に貧しい人間関係・・・

昨今殺伐とした事件が多くありますが、世の中の道徳心の欠落に心が痛む思いです。助け合いの精神も他人を哀れむ心も、物質的には豊かになりましたが、精神的には貧しい社会になっていると感じます。個人主義と言うのでしょうか我慢することを嫌と言えたり、自分が気に入らない事を主張することが、当たり前『言われたくない』『良い子でいたい』との思いだけが強く、仕事も自分が失敗しない様に、言われない様にだけを考えているように感じます。
私は若い大工見習いの方に『見習いの間は何を聞いてもいいし恥じはないよ、失敗しても許されるよ。けれども建築大工の職人として一人前になったら、失敗は許されない自分の経験と技術で判断をするしかない、プロなんだから』と話しています。
私は幸運にも多くの素晴らしい方々と出会え、多くの事を指導していただき、育てていただきました。又、助けても頂きました。これからの私に課せられた仕事は宮城県職業能力開発協会の技能検定委員として30年以上させていただいていますが次の世代への良い人材を育成することもひとつと考えております。